出ジャパン記

出ジャパン記

2025年までに完全に日本脱出することが目標

人生は”足りない”ほうが楽しい

私がカンボジアシェムリアップに1年、バンコクに1年、仕事で住んでいたと言うと、大抵の人は「へぇ〜バンコクいいな〜!」と言うのだが、私はシェムリアップでの1年の方が100倍好きだった。

バンコクはたしかに東京に住むのと変わらないくらい便利だし、日本のレストランやお店もたくさんあるし、大抵のところで英語が通じるし住みやすい。一方、シェムリアップでの生活は、大きなスーパーは数えるほどしかないし、安く物を手に入れたければマーケットのどこにあるかを知っていないと見つけられないし、マーケットでは英語は通じないし、シェムリアップでは手に入らない物もたくさんあるし、バイクが無いと移動は不便だし、住みやすさでいうと全然住みにくい。

f:id:fu2mi3ka:20200724170139p:plain

でも、私はなんだかそんな生活が好きだった。
スーパーに行ってお金を出せばガスボンベは手に入るけど、家の近くの小さなローカルマーケットの奥の奥の小さな商店に行けば、ものすごい安い値段で空のボンベとガスを満タンに入れたボンベを交換してくれる。
家からバイクで数分走らせたところに、ものすっごいおいしいパッションフルーツミルクやものすっごいおいしい抹茶ミルクなどのドリンクを売ってる屋台がある。ここのドリンクは他のところよりも格段に美味しくて、毎日通っていたらお店のお姉さんが覚えてくれて、私がバイクを停めるやいなや、いつものね、とドリンクを作ってくれる。私に一生懸命カンボジア語を話しかけてくれて、わからないながら、なんとなく話をしたりもする。
朝の時間限定で、路上に鍋だけを置いてカボチャの揚げスイーツを売ってるおばさんがいる。そのスイーツが馬鹿みたいに安いのに最高に美味しくて大好きだった。でも早く起きて買いに行かないと、おばさんは道からいなくなっちゃうのだ。
ローカルなマーケットに行けば沢山の種類の米がカゴに盛られていて、そこからグラム売りで買うことができる。
ココナッツの実はいろんなところで売ってるけど、おいしいココナッツジュースにありつくにはどこのお店のココナッツがフレッシュか知っておかないといけない。
シェムリアップの屋台のクレープは日本のクレープとはちょっと違ってブヨっとしてるのだが、日本と同じクレープが食べれるお店がひとつあり、そこでは友達と店員さんとワイワイ話しながら食べられる。

正直、知らなければわからないことが多すぎる。スーパーマーケットに行けばなんでも手に入る生活からは考えられない不便さだ。でも、スーパーマーケットでカゴに物を入れていき、レジで会計をする無機質な一連の流れでは得ることのできないモノがそこにはある。
ローカルの人とわからないながらに会話をして安く物を手に入れられるのは嬉しい。
路上のどこにどんなお店があるか覚えておけばおいしい食べ物にいつでもありつける。
バイクで走っていたら道端にふと新しい屋台を見つけて、試してみたらすごい美味しかったりする。
いつもの外国人だ、と屋台の人が覚えてくれて、サービスしてくれたりする。

生活が便利になる中で失われている人との交流や、物や食べ物への感謝がそこにはあって、私はそんな生活が大好きだった。
なんでも簡単に手に入る人生や、簡単に手に入るものだけで満足する人生はつまらない。
“足りない”を一生懸命満たす作業は楽しい。
だからこそ、より難しい道を選びたいし、欲しいものを必死に手に入れる努力をして生きていきたい。